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東京高等裁判所 昭和61年(う)782号 判決

本籍

東京都中央区築地二丁目二番地

住居

同都台東区池之端二丁目一番地三九-九〇四号

税理士

渡邉仁

昭和四年三月二五日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和六一年四月一一日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官松崎康夫出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人井上謙次郎名義の控訴趣意書((一)、(二))記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官松崎康夫名義の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意書(一)、(二)の各一(事実誤認の主張)について

所論は、原判決は、罪となるべき事実において、被告人は、分離前の原審相被告人株式会社イン・マヌエルの顧問税理士をしていたものであるが、同会社の代表取締役としてその業務全般を統轄していた分離前の原審相被告人原勉と共謀のうえ、同会社の業務に関し、その法人税を免れようと企て、原判示第一、第二の各法人税のほ脱をした、として、被告人を原勉との共同正犯としているが、被告人につき原勉との共謀を認定した原判決には事実誤認がある、すなわち、1被告人と原勉との共謀を立証する証拠としては、被告人に不利益な相手方の供述しかないのに、これのみを証拠として共謀を認定したのは証拠不十分である、2株式会社イン・マヌエルの脱税額は、昭和五五年一〇月一日から同五六年九月三〇日までの事業年度(以下、昭和五六年九月期という。)が七八四三万八〇〇円、昭和五七年一〇月一日から同五八年九月三〇日までの事業年度(以下、昭和五八年九月期という。)が七三六三万三二〇〇円であるところ、被告人が事前に相談を受けて脱税に関与したのは、〈A〉昭和五八年九月期のパシフイック総業に対する一二〇〇万円の支払手数料の計上、〈B〉昭和五六年九月期、昭和五八年九月期の向尾久男等に対する外交員報酬二期分で合計約七七〇万円の計上、〈C〉昭和五八年九月期の特別賞与三七〇万円の計上だけであって、樫山株式会社から受領した五〇〇〇万円の隠匿、旭化成テキスタイルから受領した二九九七万円のクレーム補償料を支払手数料として損金に計上した点については被告人に責任を負わしめることはできない、そうすると、右会社の脱税額に比し、被告人が脱税を援助したものの額は極く少額に過ぎず、被告人が原勉と共同正犯であるということはできない、3原判決は、被告人は本件起訴にかかる事件の全部に関与して、その謝礼として税理士報酬の外、毎期とも一〇〇〇万円を越える報酬を受け取った、としているが、これは原勉の自己の責任を被告人に転嫁しようとする虚偽の供述を安易に信用したものであって事実誤認である等というのである。

そこで、記録を調査して検討すると、関係証拠によると、原判示第一、第二の、分離前の原審相被告人株式会社イン・マヌエルの法人税のほ脱につき、被告人を分離前における原審相被告人原勉との共同正犯と認定した原判決の認定は、結論としては当裁判所もこれを是認することができる。原判決が右認定の基礎とした証拠、特に原審証人原勉の供述及び原勉の検察官に対する各供述調書並びに被告人の検察官に対する各供述調書につきその信用性を疑うべき事由は見当たらない。若干補足して説明を加える。

被告人は、昭和五四年秋ころ、前記株式会社イン・マヌエルの顧問税理士となり、同年一一月期(同会社の事業年度は、昭和五四年までは前年の一二月一日から当年の一一月三〇日までとなっているが、昭和五五年から九月三〇日を末日とする事業年度に変更された。)から決算書類や法人税確定申告書の作成を行なうようになった。被告人の顧問料は当初月額一〇万円であったが、昭和五五年の途中からコンピューター処理による決算を始めたため月額一五万円に増額された。

被告人は、昭和五四年一一月ころに同会社代表取締役原勉から正規の顧問料とは別に現金三〇〇万円位を贈与されたり、そのころ右原から「私の方から回す伝票はそのまま中味をいちいち追及しないでパスして処理して下さい。」と依頼されたり、昭和五五年に日本橋税務署の税務調査があった際にも七〇〇万円位の現金を贈与されたり、さらには、同年ころ、原から「月々一〇〇万円くらい自由に使える金を作れないものでしょうか。」などと裏金作りの相談をされたことから、次第に原の脱税の意図を察知するに至った。しかし、被告人は、かねて原から、正規の税理士報酬以外に多額の金を受け取っていたことから、適正な納税をするよう原を指導することをせず、かえって自ら積極的に具体的な不正経理の指示や助言を行なうに至った。

本件において被告人が行なった具体的な不正経理の指示等としては、1昭和五六年五月ころ、原から樫山株式会社の五〇〇〇万円の受取手形を裏に回すことの依頼を受け、株式会社蝶理からの同年四月三〇日付の仕入に同額の水増計上をしたもの、2昭和五七年七、八月ころ、原に対し、赤字会社であるパシフイック総業(被告人が管財人をしていた上島コーヒー本店の子会社)に対する年間一二〇〇万円の架空支払手数料を計上し、これによって生じた裏金を被告人が三菱銀行築地支店に右パシフイック総業名義で開設した普通預金口座に入金するよう指示し、被告人がその預金通帳を管理していたこと、3昭和五八年八月ころ、株式会社イン・マヌエルが旭化成テキスタイルから受け取った二九九七万円のクレーム補償料につき、宛先のない同額の支払手数料を損金計上することによって右入金を裏金に回すことを教示したこと、4昭和五六年九月期及び昭和五八年九月期の両期において、向尾久男ほか二名(いずれも被告人が所得税確定申告を依頼されていた顧客である。)を前記会社の架空の外交員に仕立て、これに架空の外交員報酬(二期合計で七七〇万円余)を計上するよう指示したこと、5同会社の昭和五八年九月期おける架空特別賞与三七〇万円の計上を進言したことが挙げられる。

このように、被告人が積極的に不正経理の指示等をしたものの外、昭和五六年九月期及び昭和五八年九月期における山誠商店からの架空仕入、昭和五八年九月期における(株)ボーグテキスタイルからの架空仕入(同社からの架空仕入は昭和五六年九月期にもあるが、この時点では被告人にその認識がなかった。)、昭和五六年九月期における井口デザイナーに対する手当の架空計上については、そのような不正経理が行なわれていることの認識を持っていたものと認められる。

被告人は、原勉から正規の税理士報酬以外に多額の報酬を受け取っているが、原判示第一、第二の法人税ほ脱に関連して受領したと認められるものとしては、1昭和五六年一二月ころと昭和五九年三月ころに各五〇〇万円位(これらは、例年決算書類や法人税確定申告書の作成・提出が終った直後の一二月ころ謝礼として渡されていたもので、昭和五九年三月ころに渡されたものは、昭和五八年分が遅延したもの)、2昭和五七年九月ころ二〇〇万円位(被告人が前記パシフイック総業に対する架空支払手数料の計上を助言したことに対する謝礼として贈与されたもの)、3昭和五七年一二月ころに一〇〇万円位、4昭和五九年四月ころに五〇〇万円位及び同年七月ころに二〇〇万円位(これらは、本件法人税ほ脱につき税務調査が行われたことから、その関連で贈与されたもの)があり、その総額は約二〇〇〇万円である。右認定の事実からすれば、「被告人は、各期とも正規の税理士報酬のほかに一〇〇〇万円を超える報酬を受け取っていた」とする原判決には一部誤認があるが、前記のように被告人は本件二事業年度の法人税ほ脱に関連して、正規の税理士報酬の外に合計約二〇〇〇万円の報酬を受け取っていたものと認められ、かつこのような多額の報酬は脱税の分け前に当たるとする原判決に認定は当裁判所も是認できるから、結局原判決の前記誤認は判決に影響を及ぼさない。

以上のようなことから、被告人は株式会社イン・マヌエルの会計帳簿類に不正経理が施されており、その集計結果は右会社の実際所得を大幅に下回るものであることを十分に承知しながら、昭和五六年九月期及び昭和五八年九月期の両決算期において、虚偽過少の法人税確定申告書を作成し、原判示のとおり所轄税務署長に提出したものと認められる。

このほか、被告人がした本件発覚後の罪証隠滅工作等の事実をも考え合わせると、被告人は単に原の企図した脱税の犯行を容易ならしめるため税理士として消極的にこれを援助したにすぎないものではなく、自ら本件脱税に積極的に関与し、本件脱税の分け前といえる多額の報酬を取得する目的で、原と共同意思の下に本件脱税を行なったものであって、共同正犯が成立するものというべきである。

したがって、論旨は理由がない。

控訴趣意書(一)の二(法令適用の誤りの主張)について

所論は、被告人の本件に対する加担行為は、期待可能性のない行為であるのに、これを否定した原判決は法令の適用を誤り破棄を免れない、と主張するが、本件は株式会社イン・マヌエルの顧問税理士であった被告人が、脱税の分け前である多額の報酬を取得する目的で、同社代表取締役原勉と共謀のうえ、同会社の二事業年度における法人税合計一億五二〇六万四〇〇〇円をほ脱した事案であって、被告人自身も、積極的に具体的な不正経理を指示する等していたものであって、期待可能性がないなどといえないことは明らかである。論旨は理由がない。

控訴趣意書(二)の二(訴訟手続の法令違反の主張)について

所論は、1原判決は、被告人に不利益な相手方の供述のみを唯一の証拠として犯罪事実を認定し、被告人の防禦に実質的な不利益を与えた、2原判決は、被告人が国税局対税理士の立場上返答を強要され、不当に長く抑留された後精神的摩耗状況に追い込まれたうえでの自白のみを証拠として事実認定した、3原審裁判所が、被告人の身上関係について質問したのは、基本的人権の侵害であり憲法違反である、4原審裁判所が、判決前において「税理士を廃業しないのはどういう考えか」などと有罪を前提とする質問をしたのは憲法に抵触する、5原審において、検察官が弁護人の最終弁論を踏まえず、あらかじめ用意した論告要旨を朗読するのみで終ったのは違法である、以上のように、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反がある、と主張する。

そこで、記録を調査し、所論に対し順次判断を加える。

(所論1について)

原判決は、所論のように被告人に不利益な相手方(分離前の原審相被告人原勉をいうものと解される。)の供述のみを唯一の証拠として犯罪事実を認定しているものではないから、所論は前提を欠く。

(所論2について)

原判決は、証拠として採用した被告人の検察官に対する各供述調書は、原審において弁護人がその任意性を争ってないのであり、また、被告人も、原審公判廷において「国税局では、あくまで事実に基づいて言ってくれということで、正直に言いました。」と供述しているのであって、被告人の前記各供述調書が、所論のように返答を強要されたり、不当に長く抑留され精神的摩耗状態に追い込まれてなされたものとは到底認められない。

(所論3、4について)

被告人が犯罪事実を争っている事件についても、裁判所が、被告人の身上関係について質問したり、あるいは量刑上必要な事項を質問することができることは当然のことであって、原審の措置になんら違法はない。

(所論5について)

検察官の論告は、弁護人の最終弁論より前に行なわれるものであるから、最終弁論の内容を踏まえることはそもそも不可能である。原審の措置になんら違法はない。

(結び)

以上のとおり、原判決には所論のような判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反はない。論旨は理由がない。

控訴趣意書(一)、(二)の各三(量刑不当の主張)について

所論は、いずれも、原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

そこで、記録を調査して検討すると、本件は、株式会社イン・マヌエルの顧問税理士をしていた被告人が、右会社代表取締役原勉と共謀のうえ、同会社の業務に関し、二期分合計で一億五二〇六万四〇〇〇円の法人税をほ脱したという事案であり、脱税額が高額で税ほ脱率も通算で八六パーセント余という高率であって、悪質な事案であるといわなければならない。

また、本件は、税理士として、公正な立場から納税義務者の税務会計を指導・助言し、租税関係法令に基づいて納税義務の適正な実現を図ることを使命とすべきであった被告人が、自ら積極的に本件脱税に加担し、具体的な不正経理の指示・助言に当たり、また裏金の保管を手伝うなどし、脱税の分け前にあたる多額の報酬を受け取っていたものであること、被告人は本件発覚後罪証隠滅工作を行なっていること、被告人に反省の態度が乏しいことを考え合わせると、被告人の刑責には軽視し難いものがある。

そうすると、被告人には前科・前歴がないこと、本件により税理士資格への影響が避けられないことなど被告人のために酌むべき諸事情を十分に考慮しても、被告人を懲役一年、三年間執行猶予に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえず、また分離前における原審相被告人原勉に対する量刑(懲役一年六月、三年間執行猶予)と均衡を失するものともいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 朝岡智幸 裁判官 小田健司)

昭和六一年(う)第七八二号

○控訴趣意書(一)

被告人 渡邉仁

右の者に対する法人税法違反被告事件について、弁護人は、次のとおり控訴理由を述べる。

昭和六一年七月一五日

右弁護人 井上謙次郎

東京高等裁判所第一刑事部 御中

控訴理由

一 原判決は事実誤認の違法があるので破棄されるべきである。

原判決は、税理士の被告人渡邉仁は、株式会社イン・マヌエルの代表取締役原勉と共謀し、右会社の法人税を免れようと企て、架空仕入、架空給料手当を計上するなどの方法により虚偽の法人税確定申告書を提出して、

第一 昭和五五年一〇月一日から同五六年九月三〇日までの事業年度に於て、合計七八四三万〇八〇〇円をほ脱し、

第二 昭和五七年一〇月一日から同五八年九月三〇日までの事業年度に於て、合計七三六三万三二〇〇円をほ脱し

たと認定し、弁護人の被告人渡邉は右原勉からの度重なる依頼により已むなく犯行の一部を幇助したに過ぎず、本件は原と被告人渡邉が共謀したものでなく、被告人渡邉は原の行為を幇助したに過ぎないとの主張を次のとおり排斥した。

被告人は昭和五四年一一月期の決算から顧問税理士として決算書類の作成等を行うようになったが、当時すでに脱税を企図していた原勉から正規の税理士報酬とは別個に多額の金員を手渡されたことから、次第に同人の脱税の意図を察知し、その後昭和五五年秋税務調査を受けた際に善処方依頼されて多額の金員を受け取り、間もなく原から「毎月一〇〇万円程度の自由になる金が作れないか」などと脱税方法の相談を受け、被告人はかねて原から正規の税理士報酬以外の金を受けとっていたことから、これを断ることもせず、そのころから具体的な不正経理の指示ないし助言を行うようになったし、被告人は具体的な不正経理の指示のうち、いわゆる事前の所得秘匿工作として、

(1) 昭和五六年五月ころ原から樫山株式会社からの五〇〇〇万円の受取手形を裏に回すことの依頼を受け、株式会社蝶理からの仕入分に同額の水増計上を指示し、

(2) (a)同五七年七・八月ころパシフィック総業に対する月に一〇〇万円の架空支払手数料の計上を教示し、

(b)同五八年八月ころ旭化成テキスタイルから受け取った二九九七万のクレーム補償料を宛先のない支払手数料として損金に計上することを教示し、

(3) 同五六年九月と五八年九月の両期に向尾久男ほか二名を会社の架空の外交員に仕立て、これに架空の外交員報酬(二期合計七七〇万円余)の計上を助言し、

(4) 右会社の同五八年九月期における架空特別賞与三七〇万円の計上を助言し

たと認定する外、右所得秘匿工作等にからんで右各期とも正規の税理士報酬のほかに一〇〇〇万円を超える報酬を受け取っていたと認定し、

また被告人は右の外にも不正経理が施されているを承知しながら、法人税確定申告書を作成したとして、当弁護人の被告人の行為は原の計画した会社の脱税を幇助したに過ぎないとの主張を排斥し、被告人は脱税による利得から多額の分け前を取得する目的で、原と共同意思のもとに一体となって原の行為を利用し、自己の意思を実現しようとしたものであるから共同正犯が成立するものというべきであると判示された。

よって原審取調べの証拠を検討するに

原勉は、昭和六〇年九月六日検察官に対する供述調書八項で、渡邉先生は昭和五四年九月か一〇月頃蝶理株式会社の武藤氏の紹介でイン・マヌエルの顧問税理士をお願いし、昭和五四年一一月以降の決算と法人税等の申告関係をしてもらった。月々の報酬は決めたが、決算料については、はっきりした取り決めをせず、自分は二、三ヶ月分程度と思っていたが、五四年一一月頃先生の事務所で金三〇〇万円を渡したと供述し、その理由として会社が脱税していること、簿外資金を蓄えたりすることを厳しく追求しないで見逃してもらいたいとの気持から右金員を交付したと供述し、被告人は昭和六〇年九月一〇日付検察官に対する供述調書四項で私の事務所では一般決算料は顧問料四ケ月分程度にしている。その時原より受け取った金は、金二〇〇万円であったと供述しております。証拠調べの結果原が被告人に交付したという金額と、被告人が受領したとする金額とはおおいに異なっていますが、この点は後述します。なお右第一回目の交付金はいわゆる着手金を含む決算料と解すべきで、原審が右武藤氏から紹介された直後原より被告人が脱税の意図で金員を交付されたと認識していたと認定することは論理の飛躍と言うべきでしょう。

為に昭和五五年秋の日本橋税務調査の際に原がその善処方を渡邉に依頼して多額の金員を交付したというのは、右原の検察官に対する供述調書第九項の昭和五五年五月頃税務調査が始まったとき、西川物産等の架空仕入をしていたので、これを問題にしないよう、うまく抑えてもらいたいと考えて金七〇〇万の現金を交付したと供述している点を指すものと思われ、また原審法廷で原勉は証人としての質問に対し、右交付金は政治献金であると供述するところあって、右の金員を被告人が受領したと認定するは事実誤認であり、その後本件にかかる税務調査及び国税局の査察に対して、それぞれ政治献金として相当額を交付したとするもの、を被告人に交付したと認定するのも事実誤認と言わざるを得ず、当弁護人が原審で本件国税局の査察の結果、修正申告を強制されたのは、恣意的、強権的なものである。但し被告人渡邉は原と共謀したのでないので其の点は追求しないと述べたところであるが、共謀と事実を認定されるならば、当然修正された全事実を審理さるべきでなかろうか。

原判決は具体的不正経理のうち事前の所得秘匿工作として

(1) 昭和五六年五月ころ原から樫山株式会社からの受取手形を裏に回すとの依頼を受け、株式会社蝶理からの仕入分に同額の水増計上を指示したと認定していますが、原勉の検察官に対する前記供述書八項によると、その頃原勉は樫山株式会社から合計一億八〇〇〇万円の支払いを手形で受け取ったが、内五〇〇〇万円の手形を抜いて他に使ってしまったがどうしたらよいかと被告人に相談したところ、株式会社蝶理からの仕入伝票中に七四六万余のものがあったのを被告人が見付け、その伝票の右金額の上部に数字の5を書き添えてくれたと述べながら、同供述調書九項では、昭和五九年四月日本橋税務署の税務調査のとき係官から樫山株式会社に対する売上と受取手形とで、その金額が五〇〇〇万円合わぬと言われ渡邉先生が脱税のための不正経理が発覚しないようなカモフラージュのため、仕入残を五〇〇〇万増やしてくれたと供述しており、右後者の供述によると、右は原が樫山株式会社から受領した金五〇〇〇万の手形を自己のために費消して法人税の申告をした後、右税務署の調査の際の加工と見るべきであり、これを昭和五六年五月頃隠匿とするのは事実誤認も甚だしいといわねばなるまい。

このことは右のような多額の秘匿行為に対し、原は被告人に何等の謝礼をしていない事実と合せ、原の供述が信じ難いものの証左と云うべきでしょう。

(2) (a)パシフィック総業に対する昭和五七年七月頃から月に金一〇〇万円づつの架空支払手数料の計上を教示したとの事実は被告人もこれを認めておるところであり、記録上具体的な脱税工作に対する謝礼金として五七年度分と五八年度分を合して金二〇〇万円を受領したのは本件のみである。

(b)旭化成テキスタイルから会社が受け取った二九九七万円のクレーム補償料を支払手数料として損金に計上したとの点について、被告人渡邉も昭和六〇年九月一一日検察官に対する供述調書六項で、昭和五八年九月ころ原社長から旭化成テキスタイルから仕入生地の織り違いで二九〇〇万余のクレーム補償料が入ったがどうしたらよいかと聞かれ、何か隠された事情があり、社長は裏金として処理したいものだと思い、たよりにしているので突き放すわけにもいかず、支払手数料ということで計上したらいいだろうと述べたと供述しているが、原勉の昭和六〇年九月九日付供述調書一六項によると、イン・マヌエルが旭化成テキスタイルから仕入れ、樫山株式会社に売上げた生地に傷があることが判明し、会社は旭化成テキスタイルから昭和五八年五月クレーム補償料として約三〇〇〇万円の支払いを受けたとしており、この供述が具体的で真実と思われるがこの供述によると右補償金は旭化成テキスタイルから受領したと言っても傷物を売った樫山株式会社に対してやがて値引するなど補償問題が生ずることは明白で、これを架空の支払手数料に計上させた旨の供述は真実の供述と言えるであろうか。事実誤認で調査未了と云わなくてはならぬと思われる。

(3) 向尾久男外二名に対する架空外交員に対する給料を支払わさせたことは被告人もこれを認めているところで、右については被告人が昭和六〇年九月一〇日検察官に対する供述調書一四項で供述しているとおり、知合いの外交員向尾等三名に収入のあるとの社会的信用等を維持してやりたいとの願望と、原からの依頼に応じてやれるとの願望の一致した結果の所為であって、被告人の人間性を表わしているものとして理解されたいところであります。

(4) 昭和五八年九月期の架空の特別賞与計上の助言については、被告人は右供述調書一七項でこれを認めていますが、この点についても当弁護人が原審法廷で、捜査段階で取調べられて原審に提出された甲、四(社員に対する給料等の支払明細書)を証人原勉に示して尋問したとおり、偽りの給料支払工作は、原勉の常とう手段で、被告人に尋ねるまでもなく処理できるにかかわらず助言を求めたのは全く本件発覚の際の言い訳に備えたものと言うべきであって、この点についても原判決は事実を誤認していると言わざるを得ません。

ところで本件起訴事実を要約しますと、(一)昭和五六年九月期までの事業年度における株式会社イン・マヌエルの総所得金額は二億一三七〇万八一九一円であるのに、総所得は二六九六万八〇四五円であるとし、これに対する法人税額は一〇〇三万五〇〇〇円であると申告して正規の法人税額と申告税額との差額七八四三万〇八〇〇円を脱税し、(二)昭和五八年九月期までの事業年度の同会社の総所得金額は二億〇八九〇万六八四二円であるのに、総所得は三三五八万九八三三円であると申告して、正規の法人税額と申告税額との差額七三六三万三二〇〇円を脱税したというのでありますが、被告人に右の各脱税に関与したと認められるのは、(1)事前に相談を受けて助言したもの、(a)昭和五八年期のパシフィック総業に対するもの一二〇〇万円の支払手数料の計上。(b)昭和五六年度・昭和五八年度における向尾久男等三名に対する外交員報酬二期分で合計七七〇万円、(c)昭和五八年度の特別賞与三七〇万円であります。

樫山株式会社から受領した五〇〇〇万円の隠匿、旭化成テキスタイルから受領の二九九七万円については被告人に責任を負わしめることは断じてできないと思われます。

右のとおりで原勉の脱税額と被告人が脱税を援助したものの額とを比較して、右両者が共同正犯者だと言うことができましょうか。

なお、原判決は被告人は本件起訴にかかる全事件の加工に関与して、その謝礼として税理士報酬の外、毎期とも一〇〇〇万円を超える報酬を受け取ったとし、その加工も特別の報酬を受け取ることを目的としているが如くに判示しておりますが、右云々の特別報酬金額は原勉が自己の責任を被告人に転嫁することを計り、検察官や裁判官に対し真に後悔しているが如く見せかけるための以下のとおりの出たらめの供述を真実と誤信した結果と言わなければなりません。原審で当弁護人は被告人と原とは利害が反する立場にありと主張して、弁論の分離を求めての審理を上申して許可されましたが、原は分離後の第三回公判期日に於て、原の弁護人の質問に対し、渡邉税理士に対し脱税報酬として合計三九〇〇万の外一〇周年記念として一〇〇万円を交付したといい、其の内パシフィック総業の関係では二〇〇万円、一〇〇万円、一〇〇万円、を渡したと供述し、それらの金額をどうして記憶していたのかの質問に対し、昭和五五年四月一六日日本橋税務署から調査を受けたとき、銀行の貸金庫内の書類を整理していたとき、同所に昭和五七年末まで渡邉先生に差しあげた金額を書いたメモの一覧表が出て来た。そこに二二〇〇万か二三〇〇万という数字が書いてあった。この一覧表は発見されてはまずいと思い破棄してしまったといい、五八年度のものは記憶していたと供述しています。右昭和五五年四月迄の記録に昭和五七年暮までのことが書いてあるとは何事であるか、右供述に対し列席の検察官も、裁判官もその供述の真偽を確かめていません。このような法廷があってよいか、このような審理があってよいか、検察官も裁判官も原勉の暗示的供述に麻酔をかけられていたからではないでしょうか。

なお、右公判廷で原の供述によれば、被告人渡邉に交付したという報酬金は本件税務署の調査で全額株式会社イン・マヌエルの経費と認められたと供述していますが、その中には前述の所謂関係筋への政治献金も入っているでしょう。

これら全部を信用した原審の認定は事実誤認も甚だしいと言わねばなりません。

そればかりでなく原裁判所は、裁判官や検察官に迎合し、自己の責任を他に転嫁しようとしている供述者の陳述を検討しようともせず、真実を訴えて分離公判を求めている被告人渡邉の陳述も聞かず、その審理中に自白を装うている共犯者に対し、起訴状記載の通りの有罪判決をするとは何事でありましょうか。

二 法令の適用の誤り

被告人渡邉の株式会社イン・マヌエル等に対する加担行為は原審並びに前項で主張したとおり、本件前から脱税を企図していた原勉から、何にも知らない被告人が着手金や決算手当に若干の金員を付加して贈与され、また他方同じことを繰り返し暗示されて、その職分を一部はみだして加工したことは、まさに期待することの出来ない行為と認定すべきであり、これを誤った原判決は破棄を免れないと言わねばならぬと思われる。

三 量刑不当

本件被告人渡邉の所為は、右事実誤認の主張で明らかにしたとおりであり、先に法人税法違反で重課に処せられた原勉が右重課に処せられたことを後悔することなく、右重課に処せられた事件の取調べ中に覚えた税務官、査察官等の審理にそなえるために、犯罪加担者を作り脱税額の殆ど全額に等しい金額を取得した者と、何にも知らず加担させられ、そのおこぼれの若干を取得した渡邉とが量刑に於て殆ど差がないのは量刑不当と言わざるを得ないばかりか、税理士として本件で禁固以上の刑に処せられればその資格を失うに等しい処罰を受けることになることを酌量されたく上申する次第であります。

昭和六一年(う)第七八二号

○控訴趣意書(二)

被告人 渡邉仁

右の者に対する法人税法違反被告事件について、被告人は次のとおり控訴理由を述べます。

昭和六一年七月一五日

弁護人 井上謙次郎

東京高等裁判所第一刑事部 御中

控訴理由

一 原判決は事実誤認の違法があるので破棄されるべきである。

「罪となるべき事実について」被告人が、分離前の原勉と共謀のうえ同会社の業務に関し、その法人税を免れようと企て、(言々)とした上で、第一において、申告差額七八、四三〇、八〇〇円、第二において申告差額七三、六三三、二〇〇円を免れたものである、として証拠の標目をあげている。

この共謀の成立の論証は、昭和六〇年一一月二六日、検察官の冒頭陳述書の犯行状況において、「被告人両名の間に、本件各犯行の事業年度に先立ち、各事業年度も、架空仕入の計上等の不正な方法による法人税のほ脱をなすことの共謀が成立していた。」という認定となんら変わらぬ論旨である。

この共謀という前提を理論化することのみに急であり、客観的な証拠もないまま、財務諸表に関連する諸調査書のみを羅列したに過ぎない証拠の標目は、何ら本件の具体的事実を証すべき根拠とはならない。諸調査書の具現するものは、申告税額の数値の計算資料としては意味あるものの、共謀を立証するなにものでもない、ということを、まず事実誤認の大前提として掲げる。ゆえに、判示第一の事実および第二のそれについても本件の本質的解明にあたっては、何ら、その法的立証力を有するものでなく、たんに金額算定の根拠のみに過ぎないというべきである。

「争点に対する判断」について被告人は、無罪を主張する。

本来、税理士として、業務を遂行するにあたり、行政官の場合、過去の慣習の上に立ち、形式的に、一部実務的であるにしても、事実を審理する、といったことは当然の姿勢であるものと考える。私的独立業である税理士に、果してこの姿勢のあくまでの完璧を求めるものであろうか。税理士法第一条は、専門家として、独立した公正な立場において申告納税制度の理念に添って、納税義務者の信頼にこたえ納税義務の適正な実現を図ることを使命とする、とされている。独立、信頼にこたえる、適正な実現をはかる。これは、いわゆるお役所的でありなさい、ということを指向するものであろうか。

不公平税制の第一として、いわゆる「マル優」の撤廃が論議されて久しい。にも拘らず、それを認容せざるを得ない、世の趨勢、その他さまざま。この世に税金の論議の尽きることはない。納税者は税理士という職業に対し、なにを求め、信頼のポイントをどこに置くのであろうか。適当なお世辞で、オザナリの理屈を聞くことを信頼のよりどころとするものである、とは言い切れない一面があると考える。マナイタの上に置けば、あれもいけない、これもダメという極限の租税解釈はいかようともありましょう。そこに経験率を働かし、解釈上、微妙な法の限界、いわゆる判例的根拠を教示することが、適正な実現と背反するものでありましょうか。高率税額のもと、納税者として幇助犯的行為のすれすれまで求めようとすることは、理屈はさて置き、かなしきかな現実の姿であります。

そこで、「分離前の被告人原と共同意思のもとに、一体となって原の行為を利用し、自己の意思を実現しようとしたもので、共同正犯が成立する」という事実認定及び期待可能性あり、という原判決は「原と被告人との間に供述の不一致があり狭義の脱税報酬額の特定も困難」と前提にしながら、被告人に不利益な相手方の供述のみを、審議することもなく、原判決挙示の証拠として事実を認定したことは、証拠不充分であり、事実誤認の違法があるというべきである。

二 原判決には、訴訟手続の法令違反があるので、破棄されるべきである。

被告人に不利益な相手方の供述のみを唯一の証拠として、犯罪事実を認定し、被告人の防禦に実質的な不利益を与え、判決前の手続が法令に違反したことは訴訟記録等と対照されれば明らかであり、原判決は法令違反であるというべきである。

被告人が罪に問われるような、金銭収受をした事実もなければ証拠もない。国税局における調査時において、事実も証拠もないまま、国税局対税理士の役割的立場上、返答を強要され、いわゆる、あとのためになりませんよ、と不当に長く抑留されたのち、精神的摩耗状況に追い込まれたうえでの自白、のみを証拠として事実認定をした。

判決前の第五回公判において、裁判長から次のような質問があった。あなたの現夫人との家族構成について、長男や次男の関係、それが戸籍上明確でない、という事で、法廷上で、るる身分上の問題を責問された。結果は検察側の調査資料の不完備ということで裁判長は責問を中止せざるを得なかった。訴訟に何ら関係なき問題に言及し、公開の法廷において、被告人の基本的人権を冒した責問は、憲法上の法令違反であることは(速記録上にも明らかであるところ)事後において、問題化されるべき要因を包含することを付記する。なお、同公判における弁護人の最終弁論において、最終弁論の要旨も踏まえず、あらかじめ用意された論告要旨を、検察官が朗読するのみで終った訴訟手続は、最終弁論を聴聞することがなされていないことは明白な事実であり、客観的な証拠で判断されないまま、恣意的に結論を出したことを立証するに充分であります。加えて、裁判長は判決前において、有罪を前提とした責問を多く発し、税理士を廃業しないのはどういう考えか、とか廃業しないことは罪認意識に欠けるとか(言々)続出した。やむなく弁護人が判決前の有罪視は禁ずる、という発言を為すことで一応封じられたが、法廷上の責問権が判決前に恣意的に乱用された点、憲法上の問題にも抵触することは当然のことながら、以上いずれも速記録上明らかなところ、訴訟手続の法令違反である。

三 現判決には量刑不当の違反があるので破棄されるべきである。

前各号の根拠に基づき、かつ被告人の関与する分離前の被告原の会社に、指示ないし指導したかにみられる部分は、そのほ脱所得に占める割合としては甚だ僅少(一割程度)であり、本件脱税結果に対する責任は分離前の被告原に比べてまことに微々である。被告人は、本件を充分反省し、事後の謹慎をつつしむのものであるが、大半ちかくを、みずからが発案、実行した分離前の被告原と大差なき刑罪を量定されることは量刑が過重であると思われますので、充分な再審査を祈願するものであります。

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